法令解説 条文付き 最新版

労働・社会保険法令ガイド
——ブラック企業に対抗する法律知識

📜 主要法令10本を体系的に解説 ⚖️ 条文・罰則・申告手順まで網羅 📅 最新版
法律はあなたの武器である

ブラック企業が横行できる最大の理由の一つは、多くの労働者が自分の権利を知らないことにある。法律は知っている人間だけが使える道具だ。残業代の未払い・ハラスメント・不当解雇——これらはすべて法律違反であり、正当に戦う手段が整備されている。

このページでは、ブラック企業に対抗するために必要な労働・社会保険関連の主要法令を体系的に解説する。「どの法律が」「何を禁止し」「違反した場合にどんな罰則があるか」を把握することで、交渉・申告・訴訟のすべてで有利に立てる。

ℹ️ このページの情報は一般的な法律知識の提供を目的としており、個別の法的アドバイスではありません。具体的な問題については弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。

法令の全体マップ

カテゴリ主な法令守るもの
労働条件労働基準法・労働契約法賃金・労働時間・解雇・休暇
ハラスメント労働施策総合推進法・男女雇用機会均等法パワハラ・セクハラ・マタハラ
安全衛生労働安全衛生法・過労死防止法健康・メンタルヘルス・過労死
社会保険健康保険法・厚生年金保険法・雇用保険法傷病給付・失業給付・年金
紛争解決個別労働関係紛争解決促進法・労働審判法ADR・審判・訴訟
01主要法令10本——概要と罰則一覧
01
最重要

労働基準法

📅 昭和22年(1947年)制定 / 直近改正:令和5年

すべての労働関係の最低基準を定める根幹法。労働時間・賃金・休暇・解雇・年少者保護等を規律する。違反した使用者には刑事罰が科される唯一の労働法。

🚨 罰則:6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金(多くの条文)
02
重要

労働契約法

📅 平成19年(2007年)制定

労働契約の締結・変更・終了に関するルールを定める。「合理的理由のない解雇は無効」「就業規則の不利益変更には労働者の合意が必要」等の重要原則を含む。

⚠️ 直接罰則なし(民事上無効・損害賠償請求の根拠となる)
03
重要

労働施策総合推進法(パワハラ防止法)

📅 2020年大企業/2022年中小企業に適用

パワーハラスメントを法律上初めて定義・規制。企業に相談窓口設置・防止措置義務を課す。6類型(身体的攻撃・精神的攻撃・人間関係の切り離し・過大な要求・過小な要求・個の侵害)を定義。

⚠️ 企業名公表・行政指導(違反個人への直接罰則なし)
04
重要

男女雇用機会均等法

📅 昭和60年(1985年)制定 / 直近改正:令和元年

性別による差別禁止・セクシュアルハラスメント・妊娠・出産・育児休業に関するハラスメント(マタハラ)防止を義務付ける。職場における性差別のほぼすべてをカバー。

⚠️ 勧告・企業名公表(セクハラ相談を理由とした不利益扱いは違反)
05
重要

労働安全衛生法

📅 昭和47年(1972年)制定

職場における労働者の安全と健康を守る法律。月80時間超の残業者に対する医師による面接指導義務・ストレスチェック実施義務・産業医選任義務(50人以上)等を規定する。

🚨 罰則:6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金
06
重要

過労死等防止対策推進法

📅 平成26年(2014年)制定

過労死・過労自殺を国として防止するための責務を定めた法律。調査研究・啓発・相談体制整備を国・地方公共団体・企業に求める。法的義務ではなく責務規定が中心。

ℹ️ 罰則規定なし(政策的枠組みを定める法律)
07
社会保険

健康保険法

📅 大正11年(1922年)制定

業務外の傷病・出産・死亡に対する給付を定める。ブラック企業被害者に最も関係するのが傷病手当金(給与の約2/3・最長1年6ヶ月)。退職後も条件を満たせば継続受給できる。

ℹ️ 事業主が社会保険加入義務を怠った場合は罰則あり
08
社会保険

雇用保険法

📅 昭和49年(1974年)制定

失業・育児・介護・教育訓練に対する給付を定める。退職後の基本手当(失業給付)は自己都合退職で2〜3ヶ月の給付制限があるが、ハラスメント等「特定理由」があれば待機期間なしで受給可能。

🚨 未加入・保険料不納付には罰則あり
09
紛争解決

個別労働関係紛争解決促進法

📅 平成13年(2001年)制定

労使間の個別紛争をあっせん等で迅速・低コストに解決するための制度を定める。都道府県労働局の「あっせん」制度の根拠法。無料・非公開・申請から1〜2ヶ月程度で解決することが多い。

ℹ️ 罰則なし(任意のADR手続き)
10
紛争解決

労働審判法

📅 平成16年(2004年)制定

地方裁判所で行われる迅速な労働紛争解決手続き。原則3回以内の期日で解決。残業代未払い・不当解雇・ハラスメントの損害賠償請求に活用される。法テラスの費用立替制度(収入要件あり)も利用可能。

ℹ️ 審判に不服があれば通常訴訟に移行可能
02労働基準法——重要条文を読み解く

労働基準法はブラック企業対策の中核となる法律だ。以下に特に重要な条文と、ブラック企業がよく犯す違反のパターンを解説する。

第13条 この法律違反の契約は無効
最重要

労働基準法の基準に達しない労働条件を定めた契約は、その部分が無効となり、基準が自動的に適用される。入社時に「残業代は出ない」「有給は取れない」という契約を結ばされても法的に無効であり、残業代請求は可能。

よくある違反:「うちは固定給だから残業代なし」「契約書にサインしたから有給はない」→ これらは法律上無効。
第15条 労働条件の明示義務
重要

使用者は労働契約の締結に際し、賃金・労働時間・休日等の労働条件を書面(労働条件通知書)で明示しなければならない。口頭のみの提示は違法。明示された条件と実際が異なる場合、労働者は即時に契約解除できる。

対抗策:入社時に労働条件通知書を必ずもらう。もらえない会社はそれ自体が違反。
第32条 法定労働時間(1日8時間・週40時間)
最重要

使用者は労働者に原則として1日8時間・週40時間を超えて労働させてはならない。超過する場合は36協定(労使協定)の締結と届出が必要。協定なしの残業命令は違法であり、従う義務はない。

2019年改正:時間外労働の上限が法定化。原則月45時間・年360時間、特別条項でも月100時間・年720時間が上限(違反は刑事罰)。
第37条 割増賃金(残業代)
最重要

時間外労働・休日労働・深夜労働には割増賃金が必要。未払いは刑事罰の対象となる最も多い違反のひとつ。

区分割増率要件
法定時間外(月60時間まで)1.25倍以上1日8時間・週40時間超
法定時間外(月60時間超)1.50倍以上中小企業も2023年4月〜適用
法定休日労働1.35倍以上週1回の法定休日に出勤
深夜労働(22時〜翌5時)1.25倍以上他の割増と合算
消滅時効:未払い残業代の請求権は2020年4月以降の分は3年間(それ以前は2年)。退職後でも請求可能。
第39条 年次有給休暇
重要

6ヶ月以上継続勤務し全労働日の8割以上出勤した労働者には有給休暇が付与される。2019年改正により、年10日以上付与された労働者には年5日の取得が義務化(会社の義務)。取得を妨害した使用者には30万円以下の罰金。

よくある違反:「うちは有給なし」「繁忙期は取れない」→ 法律違反。時季変更権(別の日に変える)はあるが、完全拒否は違法。
第20条 解雇予告
重要

使用者は労働者を解雇する場合、原則として少なくとも30日前に予告しなければならない。即日解雇する場合は30日分の平均賃金(解雇予告手当)を支払う必要がある。

不当解雇の場合:労働契約法第16条により「客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当でない解雇は無効」。解雇無効の訴訟・審判が可能。
第104条 申告と解雇制限
申告保護

労働者が労働基準法違反を労働基準監督署に申告したことを理由とした解雇は無効であり、使用者には刑事罰が科される(6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金)。申告を恐れずに権利行使できる重要な規定。

民法第627条・第628条——雇用形態別の退職ルール

「2週間で辞められる」という規定は正社員(期間の定めのない雇用契約)を前提にしている。派遣・契約社員(有期雇用)では別ルールが適用されるため、自分の雇用形態を必ず確認すること。

⚠️ 就業規則に「1ヶ月前に申し出ること」とあっても、正社員であれば民法627条が優先され2週間で退職できます。ただし有期雇用の場合はこのルールは適用されません。
雇用形態 根拠条文 退職できるタイミング 注意点
正社員
(期間の定めなし)
民法 第627条 いつでも申し出可能。
2週間後に退職効力発生
就業規則の「1ヶ月前」より民法が優先。有期雇用ではないことを雇用契約書で確認する
契約社員
(有期雇用・1年以内)
民法 第628条
労基法 第137条
原則として契約期間満了まで退職不可。ただし「やむを得ない事由」があれば即時解除可能 「やむを得ない事由」=ハラスメント・体調不良・賃金不払い等。また労基法137条により、1年超の有期契約では1年経過後はいつでも退職できる
契約社員
(有期雇用・1年超)
労基法 第137条 契約期間が1年を超えた時点から、いつでも退職の申し出が可能 専門的知識等を必要とする場合・60歳以上の場合は対象外。申し出から即日ではなく、一定の予告期間が必要な場合も
派遣社員
(派遣元との雇用)
民法 第627条
または第628条
派遣元(派遣会社)との雇用契約の種類による。期間の定めがなければ2週間、有期なら原則期間満了まで 派遣先(就業先)との直接の雇用関係はない。退職の申し出は必ず派遣元に行う。派遣先への申し出は無効。派遣元がブラックな場合は弁護士・退職代行を活用する
パート・アルバイト
(短時間労働者)
民法 第627条
または第628条
有期か無期かによって上記と同様に判断する。多くのパート・アルバイトは有期雇用のため原則期間満了まで 「シフト制で期間の定めがない」場合は正社員同様2週間で退職可能。ただしシフト制でも有期雇用として契約している場合は期間の縛りあり。契約書を確認すること
ℹ️ 「やむを得ない事由」による即時退職(民法第628条)
有期雇用であっても、以下のような「やむを得ない事由」がある場合は即時に雇用契約を解除できる。①ハラスメント(身体的・精神的被害)、②賃金の著しい遅延・不払い、③医師の診断書がある体調不良・精神疾患、④労働条件が当初の明示と著しく異なる——いずれも証拠を残した上で申し出ることが重要。やむを得ない事由が会社側の責任によるものであれば、損害賠償を請求されるリスクもほぼない。
💡 雇用形態に関係なく使えるポイント:どの雇用形態でも、会社が「辞めさせない」と言い続けることは強迫・不当拘束として違法になりうる。退職の意思は書面(内容証明郵便)で通知すると証拠が残り、後のトラブルを防ぎやすい。
03社会保険——退職後も使える給付制度

ブラック企業を退職した後、生活を支える社会保険制度の活用が重要になる。特に以下の4つは必ず把握しておきたい。

① 傷病手当金(健康保険法 第99条)

項目内容
対象健康保険の被保険者が業務外の傷病で働けなくなった場合(うつ病・適応障害も対象)
給付額標準報酬日額の3分の2(おおよそ給与の約67%)
給付期間最長1年6ヶ月(2022年改正:同一疾病で通算1年6ヶ月)
待機期間連続3日間の労務不能(土日・有給含む)の後4日目から支給
退職後も継続?在職中に受給開始していれば、退職後も資格喪失後継続給付が可能
💡 申請先は加入している健康保険組合または全国健康保険協会(協会けんぽ)。診断書と申請書を提出する。医師の証明が必要。

② 失業給付(基本手当)(雇用保険法 第13〜18条)

項目一般の自己都合特定理由離職者
給付制限期間2〜3ヶ月(7日間の待機後)なし(7日間の待機のみ)
所定給付日数90〜150日90〜330日(理由・年齢・期間による)
該当する「特定理由」ハラスメント・残業が法定上限超・賃金の著しい遅延・体調不良で医師の診断書あり 等
⚠️ 「特定理由離職者」と認定されるには、ハローワークでの申告時に証拠(ハラスメントの記録・医師の診断書・タイムカードの写真等)を提出する。認定されると給付制限が外れ、すぐに受給できる。

③ 労災保険(労働者災害補償保険法)

業務上の傷病・過労・ハラスメントによる精神疾患は労災申請の対象となりうる。認定されると医療費全額・休業補償(給与の80%)が支給される。申請は使用者の同意なしに、本人が直接労働基準監督署に行える。

対象となりうるケース認定の目安
過労による脳・心臓疾患発症前1ヶ月に100時間超、または2〜6ヶ月に月80時間超の時間外労働
過労による精神疾患(うつ等)業務による強いストレス+発症前6ヶ月以内の業務評価が一定以上
パワハラによる精神疾患暴力・ひどい暴言・長時間の叱責等の具体的事実が認められる場合
💡 労災申請は会社が拒否してもできる。労基署の「第三者行為災害届」を通じて申請可能。弁護士や社労士への相談を推奨。

④ 厚生年金の未加入・未納問題

ブラック企業の中には社会保険(健康保険・厚生年金)への加入義務を怠っているケースがある。常時5人以上の従業員がいる法人は原則として社会保険への加入が義務(農林水産業等一部例外あり)。未加入が疑われる場合は、日本年金機構の「ねんきん定期便」や「ねんきんネット」で自分の加入記録を確認できる。

04ブラック企業が犯す主な違反と罰則一覧
※ 罰則は使用者(会社・経営者個人)に科される。両罰規定により法人にも罰金刑が科される場合がある。
違反行為 根拠法令 罰則

法定時間外・休日労働の上限超過

労基法 第36条・119条

刑事罰
6ヶ月以下の懲役
または30万円以下の罰金

割増賃金(残業代)の未払い

労基法 第37条・119条

刑事罰
6ヶ月以下の懲役
または30万円以下の罰金

有給取得義務の違反(年5日取得させない)

労基法 第39条・120条

罰金
30万円以下の罰金

労働条件の書面明示義務違反

労基法 第15条・120条

罰金
30万円以下の罰金

解雇予告義務違反(30日前予告なし)

労基法 第20条・119条

刑事罰
6ヶ月以下の懲役
または30万円以下の罰金

申告を理由とした解雇

労基法 第104条・119条

刑事罰
6ヶ月以下の懲役
または30万円以下の罰金

健康診断の未実施

労安衛法 第66条・120条

罰金
50万円以下の罰金

月80時間超残業者への医師面接指導拒否

労安衛法 第66条の8・120条

罰金
50万円以下の罰金

パワハラ防止措置の不履行

労働施策総合推進法 第33条

行政措置
勧告・企業名公表

社会保険未加入(法人・強制適用)

健康保険法・厚年法

刑事罰
6ヶ月以下の懲役
または50万円以下の罰金
05ブラック企業がよく破る法律違反——実態と対抗策

理論上の罰則一覧だけでは実態は見えにくい。ここではブラック企業が現場で実際によく行う違反パターンを具体的に解説し、それぞれの対抗策を示す。

① タイムカード改ざん・サービス残業の強要

最も頻度が高い違反のひとつ。「打刻後も働け」「残業申請は20時間までにしろ」「タイムカードの時間は合わせておいて」といった指示は労働基準法第32条・第37条・第109条(書類の改ざん禁止)違反にあたる。

🚨 使用者がタイムカードを改ざんした場合、30万円以下の罰金(労基法第109条・第120条)。改ざんを証明できれば刑事告訴も可能。

対抗策:自分のスマホでタイムカードを毎日撮影する。入退館記録・PCのログオン/オフ時刻・メールの送受信時刻も証拠になる。「打刻後に働いた」記録を日記に残す。

② 固定残業代の悪用(上限時間の超過)

「みなし残業(固定残業代)40時間分込み」の給与体系は合法だが、実際に40時間を超えた残業をさせながら追加支払いをしない行為は違法(労基法第37条違反)。さらに固定残業時間を80時間超に設定している場合、それ自体が過労死ラインを上限として組み込んだ違法設計とみなされるリスクがある。

確認ポイント:求人票・雇用契約書の「固定残業代○○円(○時間分)」の時間数と金額を確認。実残業時間が固定時間を超えた月の差額を計算し、3年分さかのぼって請求できる。

③ 有給休暇の事実上の取り消し・買い取り強要

「有給を取ると評価が下がる」「その日は出てきて」という暗黙の圧力、あるいは「有給の代わりに手当を出す(買い取り)」という提案はいずれも違法。有給休暇は労働者が自由に使える権利であり、使用者がその取得を事実上妨げることは労基法第39条違反。買い取りは原則禁止(退職時の未消化分は例外)。

💡 「有給を使いたいが断られた」記録(日時・断った上司の名前・理由)を残しておく。繰り返されれば労基署への申告材料になる。

④ 雇い止め・更新拒絶の濫用

有期雇用(契約社員・パート・派遣)を何度も更新した後、突然更新しないことを「雇い止め」という。これが違法となる場合がある。労働契約法第19条により、①過去に反復更新されて無期雇用と同視できる状態、または②更新されると合理的に期待できる事情がある場合は、雇い止めに「客観的に合理的な理由」が必要とされ、ない場合は無効(解雇と同等に扱われる)。

雇い止めが無効になりやすいケース根拠
3回以上更新されている・5年以上勤続している無期雇用と同視できる状態
「また来年も頼む」等の口頭・書面での約束がある更新への合理的期待
更新基準が不明確・他の同種労働者は全員更新されている差別的・恣意的な運用
組合活動・妊娠・育休申請後の雇い止め不当労働行為・マタハラ
ℹ️ 無期転換ルール(労働契約法第18条):同一の使用者との有期雇用契約が通算5年を超えた場合、労働者の申し込みにより無期雇用に転換できる。ブラック企業は転換権が発生する前に雇い止めするケースがある(いわゆる「5年の壁」問題)。2024年4月からは一部の高度専門職を除き、この脱法的運用への規制が強化されている。

⑤ 名ばかり管理職(残業代不払い)

「店長」「マネージャー」「主任」等の肩書きを与えて残業代を払わないケース。労基法上の「管理監督者」として残業代を免除するには、①経営上の重要事項の決定権、②出退勤の自由裁量、③管理職に相応した高い処遇——の3要件すべてを満たす必要がある。実態が一般社員と変わらなければ違法。

🚨 実態が名ばかりと証明できれば、過去3年分の残業代を請求できる。裁判例でも多くの「店長」が管理監督者と認められず、数百万円の残業代が認容されている。

⑥ 競業避止義務・研修費の返還請求による引き止め

退職時に「競業避止義務違反で訴える」「研修費を返せ」と脅すケース。競業避止義務は①業務上の必要性、②地域・期間・業種の合理的制限、③代償措置(給与加算等)がなければ公序良俗違反で無効(民法第90条)になることが多い。研修費の返還請求も、研修が業務の一環であった場合は返還義務がないとされる判例が多い。

対抗策:競業避止・研修費返還の誓約書・合意書がある場合でも、まず弁護士に相談する。多くのケースで無効または大幅減額が認められている。

⑦ 社会保険・雇用保険の未加入・保険料の横領

以下の行為はすべて違法であり、労働者が直接被害を受ける深刻な違反だ。

  • 週30時間以上(または正社員の3/4以上)働かせているのに社会保険に加入させない
  • 給与から社会保険料・雇用保険料を天引きしているのに納付しない(横領罪・詐欺罪の可能性)
  • 試用期間中だからという理由で社会保険に加入させない(試用期間中でも要件を満たせば加入義務あり)
🚨 給与明細で「社会保険料」「雇用保険料」が天引きされているのに、年金事務所で確認したら未納だった——というケースは刑事事件になりうる。「ねんきんネット」で加入・納付状況を確認すること。

⑧ 採用内定の一方的取り消し

就活生・転職者への内定取り消しは、一定の条件下では違法な解雇と同等に扱われる。内定から入社までの間に内定者が職探しを中止し、会社への依存度が高まった段階(一般的に入社予定日の2〜3ヶ月前以降)では、内定取り消しには客観的に合理的な理由が必要とされる。

💡 内定通知書・採用承諾書は必ず書面でもらい保存する。内定取り消しに遭った場合は、①取り消しの理由を書面で求める、②弁護士または都道府県労働局に相談する、③損害賠償(転職活動の機会損失等)を請求できる場合がある。
06法律を使って戦う——申告・請求の手順

法律を知っただけでは状況は変わらない。実際に権利を行使するための手順を段階別に整理した。

STEP 1 — 証拠を集める(最優先)

📱

タイムカード・出退勤記録を保存

タイムカードをスマホで撮影(日付が映るように)。メール・チャットの送受信時刻も証拠になる。「何時から何時まで働いた」という記録が残業代計算の根拠になる。

🎙️

音声録音・書面の保存

日本では相手の同意なしの一方的な録音は合法(秘密録音)。パワハラの発言・残業強要・不当解雇の通知等を録音する。LINEやメールのスクリーンショットも有効な証拠。

📋

日記・メモをつける

「○月○日○時:上司の○○に『お前はクズだ』と言われた」等、日時・発言者・内容を具体的に記録。スマホのメモアプリに入力するだけでよい。後から書いても同時性の証明が難しいため、当日記録が重要。

STEP 2 — 相談窓口に連絡する

総合労働相談コーナー(無料・匿名可)

各都道府県労働局に設置。予約不要・無料。問題の整理と次のステップの相談ができる。匿名でも可能(ただし匿名の場合は対応が限定的)。

労働基準監督署に申告する

残業代未払い・労基法違反の申告窓口。申告を受けると監督官が調査し、違反が認められた場合は是正勧告・送検が行われる。申告者の情報は秘密が保たれる(使用者に漏らすことは禁止)。

弁護士・社労士に依頼する

法テラス(0120-078-374)を活用すると無料相談・費用立替制度が使える。残業代請求は成功報酬型の弁護士が多く、手持ち資金がなくても依頼できる場合がある。

STEP 3 — 法的手続きを選択する

手続き期間の目安費用特徴
あっせん(労働局)1〜2ヶ月無料任意・非公開。相手が拒否すれば成立しない
労働審判(地裁)2〜4ヶ月申立手数料のみ3回以内で解決。相手は拒否できない
少額訴訟(地裁)1〜2ヶ月1,000〜1万円程度60万円以下の請求に特化。原則1回で判決
通常訴訟(地裁)6ヶ月〜数年弁護士費用含め高額高額請求・複雑な事案に適する
💡 残業代50万円以下の請求なら労働審判が最もコスパが高い。弁護士なしでも申立可能だが、弁護士が付いている方が認容額が上がりやすい。法テラスを活用すること。
07未払い残業代 計算ツール

以下に入力すると、請求できる残業代の概算が計算できます。実際の金額は固定残業代の有無・計算方法等により異なります。専門家への相談を推奨します。

請求可能な未払い残業代(概算)

※ 概算です。固定残業代・交通費・家族手当等の扱いにより実際の金額は異なります。

Q&Aよくある質問
Q退職してから2年以上経っています。残業代は請求できますか?
2020年4月以降の未払い残業代の消滅時効は3年です。それ以前(2018〜2020年3月分)は2年です。したがって、現時点では直近3年分が請求可能です。時効は「賃金の支払い日の翌日」から起算します。内容証明郵便で請求書を送ると時効を中断できます。ただし、会社が倒産している場合等は回収が困難になるケースもあるため、弁護士に相談してください。
Q「名ばかり管理職」と言われて残業代が出ません。これは違法ですか?
「管理監督者」として残業代を免除するには、①経営の重要事項に関する決定権がある、②自由な出退勤が認められている、③管理職に相応した待遇(賃金・賞与)がある——の3要件をすべて満たす必要があります。単に役職名が「マネージャー」「店長」「主任」等であるだけでは不十分です。実態が一般社員と変わらない「名ばかり管理職」は違法であり、過去分を含めて残業代を請求できます。
Q会社から「損害賠償を請求する」と脅されています。実際に請求できますか?
労働者の通常の退職行為(適法な辞職)を理由とした損害賠償請求は、原則として認められません。会社が損害賠償を請求するには「労働者が不法行為または重大な債務不履行を行った」という具体的な事実と損害の立証が必要です。単に退職した・残業代を請求した・労基署に申告したといった正当な権利行使を理由とした脅しは不法行為となります。実際に訴状が届いた場合はすぐに弁護士(法テラス等)に相談してください。
Q労働基準監督署に申告したら会社にバレますか?
労基署は申告者の情報を使用者に漏らすことを禁じられており(労働基準法第105条の2)、基本的に申告者が特定されないよう配慮します。ただし、立入調査が行われた場合、申告があったことを会社が推測するケースはあります。特に少人数の職場では誰が申告したか推測されやすいため、事前に担当官に「匿名での調査を希望する」と伝えることが有効です。また、申告を理由とした解雇・不利益扱いは労基法104条違反で刑事罰の対象となります。
Q試用期間中に解雇されました。解雇予告手当はもらえますか?
試用期間中の解雇でも、入社から14日を超えている場合は解雇予告(30日前)または解雇予告手当の支払いが必要です(労基法第21条)。14日以内の試用期間中は除外されます。また、試用期間中であっても「客観的に合理的な理由のない」解雇は労働契約法により無効となる可能性があります。採用内定取り消しも場合によっては違法解雇として損害賠償の対象となります。
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